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院長ブログ

古くて新しいミネラル -鉄-

 鉄は文明の始まりから人間の生活に大きくかかわり、栄養素としては昔から知られている「古い」ミネラルです。最近は「新しい」ミネラルとしての役割が注目されています。

 鉄は地球では3番目に多い元素ですが、身体の中では「微量ミネラル」(存在量が10g未満、1日の摂取量が100㎎未満)のグループに入っており、カルシウムなどの「多量ミネラル」(存在量が約10g以上、1日の摂取量が100㎎以上)に比べれば少ないほうです。ちなみに、ミネラルとは生体を構成する元素のうち、酸素、炭素、水素、窒素を除く元素の総称です。ミネラルは体重の約4%を占めます。

 栄養素としての鉄の重要性は、不足した場合におこる貧血(鉄欠乏性貧血)を見ても明らかです。体内には成人で2.5~4.0gの鉄があり、その約65%が赤血球の中にある酸素の運び役であるヘモグロビンの成分になっています。この他にも鉄は筋肉中のミオグロビンやさまざまな酵素などの中にあります。これらの鉄はそれぞれの蛋白質が働くために必要なものであり、機能鉄と呼ばれます。さらに鉄にはフェリチンやヘモジデリンなどに組み込まれた貯蔵鉄があります。これらの鉄は以前から知られている「古い鉄」と言ってよいでしょう(そのものが古いわけではありませんが)。

 「新しい鉄」は細胞の生死を決める鉄です。細胞死とは身体を保つために古い細胞が新しい細胞に置き換わる時に起こったり、がん細胞が排除される時に起こったりと、いろいろな場面で生じています。細胞死にはいくつかの様式があるのですが、そのうちの一つに鉄が関わっていることが示され、「フェロトーシス」(ferroptosis)と呼ばれることになりました。ferroは鉄を意味し、ptosisは細胞死を意味します。この「新しい鉄」の役割が提唱されたのは2012年のことですから約10年前です。

 鉄はイオンの状態によって2価(++)と3価(+++)に分けられます。2価の鉄は還元型であり、3価の鉄よりも吸収されやすく、還元剤でもあるビタミンCを一緒に摂ると鉄の吸収が促進される理由がここにあります。吸収された2価の鉄は細胞内で「管理」され、一部は3価となって貯蔵鉄になります。細胞内の2価の鉄が、管理状態によっては脂質の過酸化反応を引き起こし、その結果起こる細胞死がフェロトーシスです。この現象はがんの治療や虚血性心疾患(狭心症や心筋梗塞)の治療と予防への応用も期待されています。フェロトーシスのメカニズムはまだ解明されていませんが、グルタチオンの産生に関わるアミノ酸やその取り込み能力、サプリメントとしても有名なコエンザイムQ10、血液凝固や骨の強度に関わるビタミンKともつながりがあることが注目されています。身近な栄養素の新しい面が見えてくるかもしれません。